求める心を養って(No.162)

船と共に海の底に沈没した宝から、失われた文明まで過去の遺物に魅了されている人は少なくありません。探検家と異なった理由でではありますがイエスキリストを信じる私たちも今日を照らすため、明日を方向付けるために過去から学ぶように心掛けています。
2009年という新しい年を迎えるに当って教会の二千年の歴史という宝箱から光沢の美しい真珠を一つ皆さんの目に輝かせたいと思います。それは聖アンセルモ(1033年〜1109年)司教の次の言葉です。「卑小な人よ、今暫くの間自分の職務を離れ喧騒を極める思いからしばし身を引け。今は重荷となっている杞憂を忘れ、心を乱す業務の履行を延期せよ。暫くの間、神のために時間を割き、しばし神のうちに憩え。あなたの精神の個室に入り、神と神を求める為に助けとなるもの以外は全てを排除し戸を閉めて、神を求めよ。今こそ私の心よ、神に語れ。
主よ私はあなたの御顔を求めます。今こそ主なる私の神よ、何処でどのようにしてあなたを求め、何処でどのようにしてあなたを見出したらよいのか私の心にお教えください。・・・
主よ私の神よ、私はあなたを一度も仰ぎ見たことはなく、あなたの御顔を知りません。至高の主よ、あなたより遠く離れ、追放の身にある私は何をしたらよいのですか。・・・
あなたを仰ぎ見ることをひたすら願いますが、あなたの御顔はあまりにも遠く離れています。あなたに近づくことを望みますがあなたの居所を知りません。あなたを求める心は逸りますがあなたの御顔を知りません。・・・
主よ私たちを顧み、耳を傾け、光を照らし、私たちにあなた御自信を現して下さい。あなたなしではあまりに不幸な私たちが幸福になれるように和解の手を差し伸べて下さい。あなたなしでは何事も出来ない私たちのあなたへ向かう労苦と努力に憐れみを重ねて下さい。あなたを求める事を私に教え、求める私にあなたを現して下さい。
あなたが教えて下さらなければ、あなたを求める事が出来ず、あなたが現して下さらなければ、あなたを見出す事も出来ません。渇望しつつあなたを求め、求めながらあなたを渇望しますように。愛する事のうちにあなたを見出し、見出してあなたを愛しますように。」
2009年の間この聖アンセルモの祈りは私たち一人ひとり、更に私たちの共同体の信仰の歩みを照らす事が出来るように祈ります。つい自分の背丈に合う神を作り上げている私たち、想像と無知のため神をまるで偶像に変えてしまう私たちは、イエスキリストの父である神を求め続ける事の大切さを新たに認識してはと思います。
 父なる神を求め続ける、その方法は?
パウロはその方法をわかり易く案内しています。キリストのように考え、キリストのように話し、キリストのように行い、キリストのように愛することです。
*6月29日まで続く「パウロ年」を一層活かして、パウロから学び、イエスに依って主を求め続ける事が出来るように心掛ける事、それを皆さんへの私の新年の挨拶に代えさせて頂きます。
皆さんと皆さんのご家族の上に神の祝福が豊かに注がれる事を祈りながら・・・
皆さん新年明けましておめでとうございます。
2009年1月号
ベリオン・ルイ神父

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